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なんと大阪に島左近の墓があった @十三の木川

投稿日:2015年4月6日 更新日:

戦国時代好きな人なら誰でも知ってる島左近の墓が十三に?

大関が原展が想像を越える人気だそうで、戦国時代の人気は凄いですね。

戦国時代の武将は人によっても好みが違うし、読んでる本によってもその武将のイメージが違うので話していても面白いです。

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そんな戦国武将の中で石田三成は人気がない大名で有名です。位から石田治部少輔三成(いしだじぶのしゅうゆうみつなり)とも言われますが、人気がないのは当時もそうだったようで、西軍の大将になると徳川方に寝返る大名もいるとのことで毛利にその座を譲ったとか。そんな石田三成の家臣でとても有名な武将がいます。島 左近(しま さこん)島 清興(しま きよおき)島 勝猛(しま かつたけ)と言われています。本名は島 清興(しま きよおき)だが大半の人は島 左近(しま さこん)て呼んでます。

「三成に過ぎたるもの二つあり、島の左近と佐和山の城」

石田三成は武力と言うより頭の良い武将であった、太閤秀吉が在命の頃は五奉行の筆頭であったし、秀吉が1万石を三成に与えようとした時に三成はそれを断り淀川の河原の葦に対する運上(税金)を許していただきたいといったそうな。
石高で兵役をまかなうこの時代に石高以外の収入が多かったので実際の石高以上の兵数と城と人材を養っていたのだと思う。
一説には石高があがると地方に飛ばされるので将来秀吉亡きあとに大坂城を守るために畿内にいることをこだわったとも言われている。最後の領地だった佐和山城は今の滋賀県彦根である。早くから家康が謀反すると見ていた三成としては東海道沿いではないが、理にかなっている。

三成の人望とその家臣達

石田三成は自分は戦が苦手なのを知っていたので家臣達は他家にも名が聞こえる者たちを集めたようだ。
水口城で石高4万石の頃に半分の2万石の給料で島左近を召抱えたと言う逸話は有名だが、実は400石の頃に渡辺勘兵衛を召抱えているので昔から戦上手な片腕が欲しかったのだろう。その中で関ヶ原の頃には島左近が片腕として活躍するのであるが、石田家いは他にも、横山喜内、舞兵庫、蒲生郷舎など今ではあまり有名ではないけど、当時としては名の知れた武将をたくさん召抱えていたようです。島左近は奈良に住んでいて筒井家に仕えていたというが実はあまり資料がないようです。島左近のみ今の世に豪傑として名前が伝わるのは島左近が他の家臣より秀でていたか、関ヶ原の合戦に参加した石田隊の正面で戦った黒田家の兵が島隊の突撃がものすごくて「かかれ~」の声が今でも耳から離れないと言う伝説などがあったからだろうか。

名将は遺体が見つからないことが多い

関ヶ原の合戦で戦死したと言われる、大谷吉継や島左近、また後大阪夏の陣で死んだといわれる真田雪村などは遺体がわからないそう。家臣が敵に首を持っていかれないようにと努力した説が有力ですが、中には生き残っている説などもあって面白い。
そう、歴史は必ず史実どおりではなくてもいいと思う。
さて長くなりましたが、そんな人物島左近のお墓の1つと言われる者が十三の木川に祀られているそうです。場所は淀川通り沿いです。


画像のように共同墓地内にあります。たまたま覗き込んだらお参りの方がいて島左近のお墓はここでしょうか?と話すと、見ていくのなら入っておいでと言われたので運よく入れました。
他のお墓に粗相がないように島左近のお墓を見ます。実は大きな島家代々の墓ではなくてその横のが島左近のお墓だそうです。
またなんでここに島左近の墓があるのかは
<淀川区コミュニティ協会発行 「YODOGAWAKUふれあいマップ」から>

木川墓地にあります。島左近は、石田三成の家来で、関ヶ原の合戦の時、活躍し、戦死しています。その妻の一人と娘たちは、ひそかに当地に隠れ住んだと伝えられています。道悦は、その子孫で中津川(今の淀川)治水の功労者で、慶安3年(1650年)、10年以上も寝食を忘れて働き、ついに改修工事を完成させました。その3年後、44歳で死亡、墓には彼の業績をたたえた、学者山本洞雲の名文が刻まれています。左近の墓は、道悦の子孫、島吉次郎氏が昭和9年に建立したものです。

島左近の子孫は中津川の治水の功労者でその末裔が昭和9年に島左近の墓を建立したそうです。
島左近の伝説の1つとしてこれからも語り継がれていくのでしょうね。
でも意外とここ知られてないような気がします。なので今回は文字数多めに語っちゃいました。

名称:島 左近・道悦の墓(木川共同墓地)
住所:〒532-0023 大阪府大阪市淀川区十三東2-1

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平井 裕三(管理人)
大阪市北区に住む梅田の北の住民。北区内の情報だけでなく、北区民が移動する範囲でみつけた面白いもん、歴史的価値があるものをできる限り調べて発表。元鉄ちゃんなので鉄分も多め。北区発行のフリーペーパーつひまぶの編集にも参加している。

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