まち歩き 歴史

野田藤のルーツはここ春日神社 @福島区

投稿日:2015年4月3日 更新日:

昔は北区は菜の花、福島区は藤が有名だった。

区のお隣福島区は藤が有名です。昨年まで知りませんでした。と言うのも北区に近い大淀側の福島区よりもどちらかというと反対側中央卸売り市場側の野田・玉川方面がご当地だそうです。わが町北区は藤ではなくて菜の花。昔鶴野町・茶屋町あたりは一面菜の花畑だったそうで豪商松並竹塘が、二羽の鶴を放し飼いにした「鶴の茶屋」があったので今の鶴野町・茶屋町の由来になったと言うまんまわかりやすい由縁がありますが、福島の藤の方はウィキペディアより引用すると下記のような由縁がある

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古くは室町時代の1364年に二代将軍足利義詮が住吉詣の途中に、この地で藤を鑑賞したといわれている。そのときに詠まれた歌が、『野田の藤跡碑』に刻まれており、「むらさきの雲とやいはむ藤の花 野にも山にもはいぞかかれる」。また、「いにしえの ゆかりを今も 紫の ふし浪かかる 野田の玉川」と詠んだとも言われている。その後、玉川の藤は「吉野の桜、野田の藤」と並び称せられた
1594年には豊臣秀吉がこの地を訪れて藤を鑑賞し、休息した茶店「藤亭」で彫らせた額「藤庵」は、現在まで藤家に伝わっている。(この藤庵の庭は、現在は下福島公園内に移設復元されている)
『摂津名所図会』によれば、江戸時代には茶店など出て賑わったと書かれている。その後、明治以降の急激な都市化や、第二次大戦での被災、阪神高速3号神戸線建設などでこの地の野田藤は壊滅状態になった。近年、野田藤の名所の復活のため、近隣の公園や学校で残った古木の種子を元に栽培が行われている。

その中で玉川2丁目にある春日神社は藤原氏の祖神を祭っているといわれている。京都の和菓子屋さんとは違いここが元祖である本家であるようです。藤の花の咲いている時期に春日神社だけははずせないなぁ。下に画像6枚はってますが、私個人の感想では思っていたよりもずっと小さい神社でした。(どおりでおおざっぱに探して見つからなかったわけだ)玉川の恵美須神社くらいのものを想像していたのでビックリです。あと6枚目は同じ敷地内のマンションです。藤マンションといいます。(笑)


ここで再びウィキペディアより引用

江戸時代に刊行された『摂津名所図会』によれば、春日神社は「野田村林中にあり。当所、藤によりて藤原の祖神を祭るならんか」とあり、江戸時代の貞享3年に刊行された『藤伝記』にも藤原氏の分流が春日明神を勧請したと伝えられている。

その後、野田村の庄屋であった藤家の氏神として祭られていた。

今年は桜の花見より藤見を絶対したい

福島区の藤について調べるとさらに興味がわいてきた。どうも野田藤は野生の藤を藤棚などで栽培されただけのようで特に今でも山間部に咲いている藤との違いはないような説もあったり、独自の進化を遂げていると言う人もいたりとよくわからないが、綺麗な整備された藤棚を眺めてみたいものである。
そして調べているうちに福島区の藤で絶対にはずせないのは

  • 玉川春日神社の藤
  • 玉川恵比寿神社の藤
  • 福島聖天 了徳院の藤
  • 下福島公園内の藤棚

ここらあたりに照準を決めて4月後半に藤見に出かけたいと思います。

名称:春日神社
住所:〒553-0004 大阪府大阪市福島区玉川2-1-20

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平井 裕三(管理人)
大阪市北区に住む梅田の北の住民。北区内の情報だけでなく、北区民が移動する範囲でみつけた面白いもん、歴史的価値があるものをできる限り調べて発表。元鉄ちゃんなので鉄分も多め。北区発行のフリーペーパーつひまぶの編集にも参加している。

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