歴史

毛馬の残念石

投稿日:2014年8月3日 更新日:


と自転車に乗って淀川の堤防へあがり赤川鉄橋まで行ってきました。途中色々ネタを仕入れましたが、まとめるのに時間を要するので今日はこの「残念石」を紹介いたします。
残念石とは、江戸時代に大坂城を再建するときに伏見城から運ばれた石垣の石がその途中で運搬船から転落し、淀川改修工事の際に引き上げられたものとされる。
江戸時代と書いてあるのでこの石を運べと支持したのは豊臣家でなく徳川幕府なんでしょうか?1619年(元和5年)に廃城されたから運んだのはそれ以降なので徳川幕府ですね。社会の教科書で習った大名の力をそぐために行った色々な役(浪費事業)の一つですね。残念石は役目を受けた大名家の目印として刻印があったり石を切り出すのに割れ目を入れた「矢穴」があり他の石とは容易に区別できます。
残念石は旧第一閘門周辺にあります。この周囲には同じく淀川から引き上げられた毛馬北向地蔵3体があります。このお地蔵さんじつは作られた時期がとんでもなく昔なのですが、それについてはまたいつか紹介させていただきます。
んなぁ事を考えながら堤防沿いを走るとけっこう楽しいですよ。

名称:毛馬の残念石
住所:〒531-0063 大阪市北区長柄東3-3-25付近

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平井 裕三(管理人)
大阪市北区に住む梅田の北の住民。北区内の情報だけでなく、北区民が移動する範囲でみつけた面白いもん、歴史的価値があるものをできる限り調べて発表。元鉄ちゃんなので鉄分も多め。北区発行のフリーペーパーつひまぶの編集にも参加している。

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