まち歩き 歴史

日本で我が国最初の墓所が北区にあった @豊崎

投稿日:

大阪市北区周辺のことを調べていて昔の人でよく名前が出てくる人として行基さんと大塩平八郎さんの名があります。本当によく出てきます。お2人の活躍した時代は1000年くらいの隔たりがあるのですが、この2人は北区のキーパーソンです。ほんとに
その2人の名が同時に出てくる場所として行基菩薩開基南濱墓所があります。JR東海道線の大阪から新大阪に向かってカーブが終わって直線になって加速していくあたりの右側です。そんなところに我が国最初の墓所があるなんて驚きですが、このお墓を作った方こそ行基さんです!行基さんは調べれば調べるほど面白い人物で、奈良時代の町おこしの第1人者です。デベロッパーとか田中角栄と言ったほうがいいのかもしれません。とにかく近畿に行基さんの名前はあちこちに出てきます。最終的には奈良の大仏さんで有名な東大寺を建てますが、兵庫県伊丹市にも行基町の名前が残っているように昆陽池を作ったことは有名ですが、北区でも数多くの伝説を残してはります。以前紹介した萩の寺「東光院」は明治時代より前は中津にありました。(現在は碑がのこっているだけ)その東光院のホームページに以下のような紹介文があります。

もと当山があった豊崎あたりは、古くから死人が出ると淀川河畔に捨ててしまう風習があり、「浜の墓」とも呼ばれていました。のちに行基菩薩がこの地を訪れたとき、浜に風葬されている光景を見て、民衆に我国で初めて火葬の方法を伝授しました。天平7年(735)、行基68歳の秋のことといいます。
行基菩薩は荼毘に付した死者の霊をなぐさめるため、自ら一体の薬師如来像を造り、その仏前に淀川水系に群生する萩を手折り供えました。それを縁に人々の浄財で薬師堂を建立したのが東光院の始まりです。
以来、「行基菩薩のこころ」として連綿と守り継がれた萩の花は、四苦八苦の人生を闘い抜く生命力の強さと、貧しく弱い人の心も、和合し合力することによって、大輪の花にも優る雄大なスケールの美と力が持てることを訴えつづけてきました。その伝統は今も萩とともに息づいています。

つまり中津にあった萩の寺「東光院」を開山したのも行基さんで萩の花も行基さんが供えて有名になったそうです。
この浜の墓が現在の豊崎の南濱墓地のことだといわれています。また南濱墓地の西側には天平19年(747年)開山の源光寺(開山当時は平生寺)があります。中津の東光院の12年後ですね。
南濱墓地は大阪七墓「濱」「梅田」「葭原」「千日」「蒲生」「鳶田」「小橋」の1つでもあります。入り口に道引き地蔵があります。

『南浜墓地・地蔵尊の由来』

南浜墓地は行基菩薩(約千三百年前)によって整地され我が国最初の墓所であって天平十九年七月弥陀如来六観音六地蔵尊を安置し荼毘開闢の供養が行はれた。その後世相の変遷により次第に荒退し大正十四年豊崎町より大阪市に移管された。
天満の住人秋田羅以(らい)は日頃嫡子を望み、神佛に祈願してゐた処ある日一人の行者が訪れ「南浜墓地の南浜地蔵尊を信仰せよ必ず願は叶へらる」と言って立ち去った。早速地蔵尊を祈願をかけたところ霊験あらたか明治二十四年一月九日男子(栄之助)が授けられた。その御恩報謝として同年九月に現存の地蔵尊石佛並御堂が建立され今日に至った。

昭和六十年一月二十日    道引き地蔵講世話人

道引き地蔵の横から南浜墓地へ入れます。現在大阪市が管理していますが、新規でお墓を建てることは禁止されています。敷地内は雑草が生えていたり、傾いた墓石があったりして荒廃ぶりが目立ちます。この墓地には大塩平八郎が建てたお墓もあるそうです。


入ってすぐのソテツ?の木の下は墓石が並べられています。これはなんとコメントしていいものか。

墓地内を見渡すと壁に囲まれた墓地があります。壁で区切られていてフェンスで入れないってすごいお墓です。

また別の区画には壁はありますがフェンスの無いお墓があります。人の墓地なのであまり紹介するのもいかがとは思いますが、この灯篭の形はかなりユニークです。

場所:南浜墓地(道引き地蔵側)
住所:〒531-0072 大阪府大阪市北区豊崎1-2

また道引き地蔵がある南浜墓地のすぐ北にも南浜墓地があります。昔はつながっていたけど今は分断されたのかもしれません。

こちらの区画は柵があり入れないようにっており(鍵がかかっているのかどうかわかりませんが入るのをやめました)入り口には大阪七墓の壱 南浜墓地の碑が立ってあります。この碑は比較的新しいように思います。
場所:南浜墓地(北側区画)
住所:〒531-0072 大阪府大阪市北区豊崎1-5-4付近

 

The following two tabs change content below.
平井 裕三(管理人)
大阪市北区に住む梅田の北の住民。北区内の情報だけでなく、北区民が移動する範囲でみつけた面白いもん、歴史的価値があるものをできる限り調べて発表。元鉄ちゃんなので鉄分も多め。北区発行のフリーペーパーつひまぶの編集にも参加している。

スポンサーリンク


にほんブログ村 地域生活(街) 関西ブログ 大阪キタ情報へ
にほんブログ村

-まち歩き, 歴史
-, ,

Copyright© 梅田の北っかわ!(うめきた) , 2017 AllRights Reserved Powered by micata2.