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じっくり紹介します豊崎神社 @豊崎

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豊崎ピクニックで会場として大変お世話になった豊崎神社。機会をつくってじっくり紹介しようと思ってすっかり遅くなりました。

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御鎮座地

まずは御鎮座地ですが、JR東海道線の新大阪から淀川を渡ったあたりの梅田貨物線が曲がるあたりです。東海道線からは鎮守の森の上の方がだけが見えます。道路は城北公園通りが近いですがJRバスの車庫の後ろにあるために車を使う人もあまりその存在が知られていません。
JRバス
豊崎神社の近くに行くとここは北区?と思いたくなるような広い土地と緑に囲まれた土地です。周囲と温度が数度違います。さらに朝は緑のにおいがしてとても気持ちいい所です。
豊崎神社
境内はとても広いです。そして撮影した6月はアジサイですが四季の花がいつも咲いていて本当に手入れが行き届いています。
豊崎神社
【豊崎神社】についてですが豊崎神社公式ホームページより引用します。

当社は、大化の改新(645年)後、遷都された難波長柄豊碕宮の旧跡地とされております。孝徳天皇の崩御後、松林となり果て、八本松と呼ばれたこの地を哀れんだ一条天皇が、藤田重治にこの地の開発を命じました。孝徳天皇の故宮を忘れてはいけないと松林に小さな祠を建て、孝徳天皇をお祀りしたことが始まりとされております。
 明治5年村社に社格が上がり、明治41年に村社南長柄八幡宮を合祀し、次いで本庄村にあった東照宮社、厳島社を末社に合祀されました。
 昭和19年、遷都1300年祭が齋行され、それと同時に社格を官幣大社豊崎神宮に昇格する為の申請を当時の宮内省、内務省に願書提出の内諾を受けました。しかし、終戦を迎えた為、社格昇格は無期延期となりました。
 しかも同年6月1日に空襲に遭い社殿は炎上してしまいました。現在の社殿は昭和39年10月15日に鉄筋コンクリート造りで復興いたしました。
 「氏神神社 豊崎神社」は通称「豊崎宮」と申しまして、氏子、崇敬者の皆様のご奉賛により祭祀、維持運営いたしております。

また気になるのは大化の改新(乙巳の変)のあと都を難波長柄豊碕宮(なにわのながらのとよさきのみや)に移されたというあの豊碕宮である。しかし豊碕宮は上町台地の上にあり、大正2年(1913年)に陸軍の倉庫建築中に数個の重圏文・蓮華文の瓦が発見されている。昭和28年(1953年)、同地付近から鴟尾(しび)が発見など大阪城の南に整備されている難波宮史跡公園が有力であるが難波長柄豊碕宮は当時あまり開発されていなかった大阪に初めて遷都されたということもあり、転々とされていたと言われております。大阪市中央区を中心とする上町説と当社を中心とする北町説があります。私は判官贔屓と言われようが長柄豊崎の名がある今の北区あたりも説に入れてもいいのではと思います。

難波宮史跡公園

難波宮史跡公園

御祭神

本社・本殿は孝徳天皇大化の改新あと、ご即位された第36代天皇で、豊崎神社の主祭神です。 昭和19年に内務省の調査で孝徳天皇をお祀りするお社は、宮中の皇霊殿とこの豊崎神社のみであるとの調査結果がでました。あと
素盞鳴尊
応神天皇
僧形八幡
をお祀りしています。
豊崎神社本殿
摂社鹿島神社
江戸時代の初め、この地域で疫病が流行り、その流行をおさめる為に常陸国(茨城県周辺)の鹿島神宮より勧請されました。武術の上達や病気平癒、身体健康の神様です。
今は速素盞烏尊を祀っている中津の富島神社ももとは鹿島神社武甕槌命を祀っていたと言われています。よほど疫病に悩まされていたんでしょうね。疫病は祇園祭や天神祭りなどの由来でもあります。古来は疫病は怖い原因のNo1で鬼などに形を変えて伝承されていたんですね。
鹿島神社
末社恵比須神社
北区には西成の今宮恵比須神社の次ににぎわう堀川恵比須と福島区の野田恵美須神社もあり十日恵比寿の時はあまりにぎわいません。私は行きますけど
恵比須神社
末社東照宮社
慶長19年(1614)、大阪冬の陣の時のこと、家康公が休憩するために豊崎の足立市兵衛宅へ立寄った。その際に市兵衛より差出された麦飯を食べて家康公は大満足し、そこでその姓を尋ねると、市兵衛が足立であると答えたことから、大いに喜び、「永く足立と唱へよ」と、紋章などを賜ったという。そのことに因み、安永 5年(1776) 3月、許可を得て、本庄杉山の足立家邸宅内へ鎮守として東照宮が勧請されたという。この東照宮が近くの豊崎神社境内に末社として遷されたのは、明治40年(1907)のことである。
相殿厳島神社
宗像三女神という女神さまです。福岡県の宗像大社や、広島の厳島神社は海の神様であり海の安全はもちろん、交通安全のお社です。七福神の1神である弁財天としての信仰があります。音楽や弁舌が巧みな神様とされており、芸事の上達を祈願します。
豊崎神社
末社稲荷社
氏子地域を守っていただける神様で”お稲荷さん”と呼ばれ親しまれています。多くの会社や個人宅の稲荷社にもご分霊いたしております。毎年4月15日に稲荷祭が執り行われます。
稲荷社
沓脱の石
沓脱の石
孝徳天皇が沓(くつ)の履き脱ぎにこの石を使われたと言われる石で、足の形にも見える石。古くから不思議なことが多く、願い事を叶えてくれる「一願岩」とも呼ばれています。
その他
境内の石には十二支の彫り物があってかわいいです。
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境内の石も奉納された方の名前などあって歴史を感じます
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この由来がわからない石碑は今度宮司さんに聞いてみます。
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【おまけ】
豊崎神社の御守札や私の大好きな鯛釣りみくじをお納めしているのは中崎西にあるMAEDA CRAFTさんです。
御守札
鯛釣りみくじ
2015年今年の夏祭りは7月11日12日です
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名称:豊崎神社
ホームページ:豊崎神社
御鎮座地:〒531-0072 大阪府大阪市北区豊崎6-6-4

大阪府大阪市北区豊崎6-6-4

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平井 裕三(管理人)
大阪市北区に住む梅田の北の住民。北区内の情報だけでなく、北区民が移動する範囲でみつけた面白いもん、歴史的価値があるものをできる限り調べて発表。元鉄ちゃんなので鉄分も多め。北区発行のフリーペーパーつひまぶの編集にも参加している。

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